夕方、私と夫は台所で並んで夕食の支度をしていた。二人の話題は、私が大好きなアーティストのコンサートのことに及ぶ。
「春夏のコンサートツアーは家族三人で行こうよ」
「一人で行ってきなよ」
「えー、たまにはいいじゃん。近所の会場だったら行く?」
「駐車場を確保するのが大変だから行かない」
「じゃあ、電車で行ける東京公演だったら?」
「次の日の仕事がきついからやめとく」
まだ子どもがいない頃は、何度か二人でコンサートに行ったのに、最近はずっとひとりぼっちだ。色々環境が変わったのもあるけれど、夫はそもそも何かに熱をあげるタイプではない。音楽も、コンサートに行かなくてもCDで十分だと言う。そして私が熱くなれば熱くなるほど、夫は冷めていくのだとか。私は、ただ音楽だけを聴きに行っているわけじゃないのだ。演出だったり、MCだったり、ライブならではのアレンジだったり、会場の熱気だったり、そういうものも楽しみにしているのだ。夫のそういうところが少し嫌いでイラっとする。でも、そういう物事を冷めた目で見るような男だから、私とバランスが取れるのかもしれない。
いつだか「本屋に行きたい」と私が言ったら「そういうときは、行きたいじゃなくて、行こうよ、というんだよ」と夫が私をからかいながら言った。
さっきだって「行こうよ」って言ったはずだ。「コンサートツアー、家族三人で行こうよ」って。でも夫は行きたがらない。どんな言い方をしても、きっとこの人は行かないんだろうなあと思う。夫に対するこの虚しさは、自分でどうにかするしかないのだ。きっと、東京でいろんなものを見て、美味しいものを食べて、コンサートを見ればきっと私の心にぽっかりと空いた穴を埋めてくれるはずだ。
感染症が流行している。インフルエンザ、新型コロナウイルス、マイコプラズマ、溶連菌…聞くだけで嫌になってくる。12月16日は、好きなアーティストのコンサート。チケットはもう発券してきた。とても良い席だ。それなのに風邪を引いてしまったらどうしようと弱気になる。
「もし、私が風邪を引いたら、あなたが私の代わりにコンサートに行ってね」
と、夫に伝えると
「何を言っているんだ。君が行くんだ。なんとしてでも風邪を引かないように気をつけるんだよ。ファンだったら体調管理くらいしっかりしないと」
と、私の提案を拒んだ。ああ、そうだな。そもそも私は、生まれてから一度もインフルエンザにはかかったことがないし、大流行した新型コロナウイルスだって、マイコプラズマだって、溶連菌だってかかったことがないんだった。弱気にならなくてもいい。普段通りに生活していれば、きっと元気にコンサートに行けるはずだ。そんな簡単にこのチケットを手放すものか。天候とか、どうにもならないことはあるかもしれないけれど、健康管理により一層注意して絶対に見に行かないと。
