43歳、メロンソーダの泡が消えるまで

きいろの電脳日記〜小説未満の日々〜

【エッセイ】東京駅は不思議なダンジョン

 11月1日、イベントのため東京を訪れていた。新幹線の改札を抜けて、駅構内をさまよう。おしゃれな洋菓子屋さんに、可愛い雑貨屋さん、美味しそうな飲食店。いろんな地域の弁当が並ぶ駅弁屋さんもある。歩いていて飽きない。

 グランスタ東京内にある「ほぼ日手帳ストア」にも行くことができた。東京駅はダンジョンみたいだったけど、地図を見ながらなんとかたどり着いた。

 ほぼ日手帳2027は、既に購入済み。でも1999年から『ほぼ日刊イトイ新聞』を読んでいる一読者として、行ってみたいと思っていた。ハラマキも、永久紙ぶくろも、ひきだしポーチも、カレーの恩返しも愛用していて、ほぼ日というメディアを勝手に身近に感じているのに、ほぼ日のお店やイベントには一度も行ったことがなかった。

 ほぼ日手帳ストアにたどり着いた瞬間、カラフルな手帳がずらりと並ぶ光景にグッときた。ここにしかないカバーもたくさんある。ここに来る前に手帳を購入してしまったことを後悔した。Suicaペンギンの手帳、可愛かったなあ。

 最近発売されたばかりの「ひきだしポーチPICO」を買おうかどうか悩んだ。でも、何に使うのだろうと冷静に考え、結局やめた。ほぼ日のオリジナルジャム「おらがジャム」だけを購入した。

 次に東京に行くときは、TOBICHIにも行ってみたい。

 ほぼ日の話が長くなった。

 お土産もいろいろ購入したかったけど、荷物がかさばるのは嫌なので、帰りに寄ることにした。

 ほぼ日のジャム、ごろっとした果肉が入っているのがたまらなくいい!

 イベントを終え、再び東京駅に戻ってきた。新幹線の自由席のチケットは購入済み。あとはお土産を買うだけだ。

 行きにチェックしていたお店に向かおうとしたけれど、目の前にはさっきとは異なる光景が広がっている。とりあえずグランスタを目指そう。駅構内の案内を見ながら、グランスタには辿り着いた。しかし、チェックしたお店がどうしても見当たらない。確かにここはグランスタのはずなのに。

 人の多さと、お店の多さ、いくつもの路線と通路が絡み合う複雑さ。慣れない東京を歩き回った疲れもあったのかもしれない。自分がどこを歩いているのか、さっぱりわからなくなった。RPGのダンジョンよりも複雑だ。

 諦めて別のお店で買おうか。いや、ほぼ日手帳ストアにたどりつけばそこを目印として、なんとかなるかもしれない。そう思って、今度はほぼ日手帳ストアを探してさまよう。

 たどりつけない! なんで!?

 行きはどうやってほぼ日手帳ストアにたどり着いたのか、自分でも不思議だ。ドラクエみたいにルーラが使えたらいいのに。

 結局、疲れ果ててお目当てだったお菓子はどうでもよくなり、別のお店でかわいいクッキー缶とじゃがボルダのポテトチップスを買った。これも縁だ。とても満足している。

 東京にはいろんな人がいて、いろんなものがある。たったひとつの駅ですら、まだまだ知らない場所ばかりだ。パソコン画面のばかり見ていないで、もっと広い世界を歩いてみたい。

クッキーが隙間なく敷き詰められた缶に弱い。

シュウマイじゃなくて新米だよ(2026.10.05〜2026.10.11の日記)

映画の特定の描写がどうしても苦手。なのに、そういう描写のある映画ばかり見てしまう。

特定の描写とは、嘔吐や吐瀉物のことである。この映画では絶対に吐かないと思っていたのに、突然吐いたりする。見てしまえば意外と平気なこともあるのだけれど「今、吐いたな」という情報ばかりで頭の中が埋め尽くさレてしまう。

そんな話を友達に打ち明けたら『Does the Dog Die?』というサイトを教えてもらった。

その名の通り、映画の中で「犬が死ぬか」など、苦手な描写の有無を調べられるサイトだ。それだけではない。「ヌードシーンの有無(Are there nude scenes?)」「流産する人物はいるか(Does someone miscarry?)」、そして私の苦手な「嘔吐する人物はいるか(Does someone vomit?)」まで調べられる。英語のコメントを翻訳しながら読んでみると「このシーンになったら目をつぶって」というようなことまで細かく書いてある。なんて親切なサイトなのだろう。

でも、映画は事前情報なしで楽しみたい気もする。私の苦手な描写が出てきたら「ああ、ハズレを引いちゃったな」と思うくらいでいいのかもしれない。

2026.10.05〜2026.10.11の日記

2026.10.05(月)
眠たくてずっとぼーっとしてた気がする。もっと上手な時間の使い方があったんじゃないかと反省しながらスマホゲームをやってしまう。犬は歩きたがらない。それでも小説は今日のノルマの3000字達成できたからよしとする。夕食は、ほっけの干物を焼いてコールスローサラダを作った。

2026.10.06(火)
夫「この前、シュウマイ食べたいって言ってたよね?」 私「言ってないよ」夫「絶対に言った」…記憶になくてずっとモヤモヤしていた。ふと、明日のお弁当のご飯足りるかなあなどと考えたときだった。「新米」という言葉が突然、頭をよぎる。私「シュウマイじゃなくて新米だよ!」

2026.10.07(水)
映画館で見た予告が最悪だった。食べても死ぬかもしれない、食べなくても殺されるみたいなやつ…多分。私はホラーもドキュメンタリーも見る。でも特定の描写だけはダメなんだ。どうせ劇場では見ないのでネタバレを調べまくった。中学校、映画館、古本屋…と渡り歩き充実した一日だった。

2026.10.08(木)
しまむらに行く。夫と息子の服や下着を購入。ドラクエコラボは、スライムのルームウェアだけ買えた。ノベルティの袋ももらえた。夕方、前日からの疲れがまとまって襲ってきた。立ち上がれず、夕食を作れず、夫にお弁当を買ってきてもらった。夫が早く帰ってきてくれて良かった。

2026.10.09(金)
夕食何作ったらいいかわからない。犬の散歩行きたくない。買い物行きたくない。小説書けない。マイナス思考に陥っていたが、昼寝したら気持ちが回復。小説を1文字も書けなかったことを責めるより、昼寝して体を休めたことを褒めてあげたい。1学期終了。息子は勉強をよく頑張った。

2026.10.10(土)
間寛平師匠ら出演者に写真を撮ってもらった。新喜劇を宇都宮で見ることができた。漫才も新喜劇もめちゃくちゃ笑った。たくさん笑って元気になった。生でお笑いを見る機会を大切にしたい。出演していないけど大好きな吉田裕さんのキーホルダーを買えて嬉しい。夕食はマクドナルド。  

2026.10.11(日)
犬の散歩にも行かず、ずっと家の中に引きこもっていた。コーヒーを飲んだ数時間後に、栄養ドリンクを飲んでしまった。カフェインの取りすぎだと反省した。どうしても書くという気分になれず、読書をした。面白くて150ページも読んだ。昼食は鮭のムニエル。夕食はトマトそぼろ丼。

10月10日新喜劇出前ツアー栃木公演にて購入。

広告が嫌いだった私が広告を貼る

 私のブログは無料で読める。でもこれからは、ちょっとだけ広告がつく。事件も何も起こらないブログだけど、私はこれからも自分の好きな文章を書いていく。

「はてなブログPro」にして3年目。広告をなくしたくてProにしたのに、3年目になり、Google AdSenseでの収益化に挑戦しようなどと思い始めた。

 というのも、つい最近、なんとなくGoogle AdSenseにログインしてみたら、ずっと昔に作って放置していたサイトで、収益が発生していたからだ。お支払基準額には満たないけれど、確かにお金が貯まっている。これを受け取るために、今のブログにも広告を貼ってみようと思いついた。まあ、私だって欲深いからね!

 しかし甘くはなかった。

 申請してから3日ほどで審査結果が来た。不合格だった。「有用性のないコンテンツ」と言われて凹んだ。私は自分の日記やエッセイを有用性のないコンテンツだとは思っていない。「じゃあ具体的になんの役に立つの?」って言われたら、何も言えないけれど。それでも自分の書く文章が好きだしプライドを持っているんだ。

 二回目の審査に向けて、まずはブログのデザインを見直した。固定ページに詳しいプロフィールを載せ、さらに趣味の俳句を紹介するページまで作った。Chat GPTには「このホームページのヘッダーに合うようなデザイン用CSSを作って」とお願いした。自分でやったら1時間以上かかるようなことを「まかせて!」と言わんばかりに一瞬でやってくれて、笑ってしまった。AIすごい!

 そして再審査。3日ほどで「お客様の AdSense アカウントが承認されました」というメールが届いた。やったー!

 自分のブログに広告がついただけで、なんだか頑張った証をもらえたようで感動している。

 さて、次は「シンガポールの税務情報」だ。

 ……ナニソレ?

願い事をノートに書くのはやめた(2026.09.28〜2026.10.04の日記)

「お〜いお茶新俳句大賞」は四年連続落選。

今年は、四月に二次審査通過のお知らせが届いた。以前にも何度か入賞したことがあり、またお茶がもらえるかなとひそかに期待していた。しかし最終結果を確認すると、佳作にも名前が載っていなくてさすがに落ち込んだ。

せっかくなので、落選句をここに置いておく。入賞は逃したけれど、自分ではとても気に入っている作品だ。

エンドロール終はればひとりマフラー巻く

映画館で、たくさんの人の名前が流れるのを眺めながら、自分の人生の終わりを考えた。二次審査通過のお知らせに添えた自句自解にも、久しぶりの二次審査通過で嬉しくて長々とそう書いた。お茶に掲載するには、重たすぎたのだろうか。それとも読者に想像する余地をなくしてしまったのだろうか。わからないけど。

「お〜いお茶新俳句大賞」の受賞作品を見ていると本当に多彩だ。季語のない俳句も少なくない。「新俳句」という名前のとおり、伝統的な俳句の形式だけにとらわれないところが、この賞の面白さなのだと思う。

私は普段、歴史的仮名遣いを用い、季語を入れることを自分の作品の基本としている。この方針を変えるつもりはない。

けれど「お〜いお茶新俳句大賞」に応募する時くらいは、いつも自分の殻を少し破ってみてもいいかもしれない。来年もきっと応募すると思う。

2026.09.28〜2026.10.04の日記

2026.09.28(月)
進路説明会のため息子の中学校へ行く。宇都宮は私立も公立もいろんな選択肢があって羨ましい。私は女子校に通ってみたかった。NHKの朝ドラ『ブラッサム』見た。加賀まりこ演じる葉野珠が「毎日書くことが大事」と言っていた。私もちょっとでいいから、毎日書こう。夕食は手羽元。

2026.09.29(火)
『うたコン』にモーニング娘。'26。ミルクティーは飲めない私だけど、ミルクティー色の子が好き。イルカの「あいのたね♡まこう!」もメロディーが心地よくてよかった。マッキーのファンクラブ会報が届いた。膝に犬を乗せて、SD会員の皆さんの投稿を読んだ。夕食はガパオライス。

2026.09.30(水)
三角コーナーにたまった生ゴミを捨てる、麦茶を作る、犬に餌をやる、起きない息子を起こす…家事と呼んでもいいのかどうかわからないような小さな家事が積みかさなって、自分の時間が削られていくことにイライラ。買い物にも犬の散歩にも行かなきゃ。たまにどこかに逃げたくなる。

2026.10.01(木)
天気が良く、気分もいいのでウォーキングした。一時間も歩いていた。帰宅すると、犬のケージの中に吐瀉物。ベッドが汚れてしまっている。犬はぴょんぴょんと私に飛びついてくる。元気そうだ。浴室で犬のベッドをごしごし洗った。よく絞りベランダに干した。夜になっても乾かない。

2026.10.02(金)
朝の5時と、13時半に犬の散歩。どちらも静かな時間帯。ちゃーくんは抱っこをせがまず、とてもよく歩いた。私はクタクタ。息子帰宅後、インフルエンザの予防接種へ。いつも先生が対応してくれるが、今日は看護師さんが注射を打ってくれた。ぶすっと、むぎゅっと腕の中に針が入る。

2026.10.03(土)
出先で女子トイレに入ったはずなのに、男子二人のおばかな会話が聞こえてきた。間違えて男子トイレに入ってしまったかと焦った。でも確かに女子トイレだった。壁が薄く、よく響くだけだった。息子は英検準二級。帰宅したのは22時頃。その後ゲームをやって、日付が変わる頃に寝た。

2026.10.04(日)
願い事をノートに書くのはやめた。どうせ叶わないんだから好きに生きよう。どうせ幸せになるんだから。ビール飲みながら肉じゃがをつまむ。美味しい。少しだけほろ酔い気分で、息子と進路の話。今行ける高校を目指すか、ワンランク上を目指すか…酒飲みながらする話じゃないな。

【お題】大人だって、子ども部屋のような場所があっていい。

 今週のお題「わたしの贅沢」

 つい最近、和室の一角に自分用の机を置いた。今週の火曜日にはゲーミングチェアが届いたばかりだ。

 ここで小説やブログを書いたり、手帳を広げて日記をつけたり、映画やドラマを見たりして過ごしている。足元には、とてもかわいい愛犬のちゃーくんがいる。

 家族仲は良好だし、リビングで過ごすことだってある。家庭内に居場所がないなんて思ったことはない。それでも、自分専用の空間があるのは、なんて贅沢なのだろう。

 もともとこの場所には本棚が置いてあったけれど、別の部屋に移動させた。MacBookは私のパソコン。ASUSは夫のパソコン。ライトは夫が独身時代に使っていたものを借りた。ケーブルが邪魔なので、どうにかしたいと思っている。

 決して高いものではないけれど、自分で選んだ机と椅子。今、考えているのは、小さなクリスマスツリーを机の上に置くこと。壁にコルクボードやカレンダーをつけること。これから寒くなるから、フットウォーマーも欲しい。それから愛犬のベッドを隣に置くことも忘れずに。

「私なんて……」とネガティブな気持ちになっても、ここに座ってノートパソコンを開いただけで少しずつ気持ちが回復する。

 大人だって、子ども部屋のような場所があっていい。

 ちなみに今、このエッセイを書いているMacBookも、どうしても自分専用のパソコンが欲しくて、MacBookじゃないと嫌で、思い切って購入したものだ。いつか文学賞で賞金を得たときの前払いというつもりだったけれど、いつになることやら……。

 最近、安達茉莉子さんの『私の生活改善運動』という本を読んだ。

「自分にとっての幸せを知り、それを臆せず目指していく生活改善運動」

 衣食住から人間関係まで、さまざまレベルで自分にとっての幸せが何かを探り、その幸せを実現していくために具体的な行動を起こしていく。そんなことが、書かれている本だ。

 振り返ってみると、私の人生には「これでいい」と妥協してきたものが多かった。何が好きかを考えることよりも、実は好きじゃないを手放すことのほうが、難しいことなのかもしれない。

 私の生活も、少しずつ見直していきたい。

 次はキッチンを私の居心地のいい場所にしよう。私の生活は続いていく。

優しそうなわんちゃんが好き(2026.09.21〜2026.09.27の日記)

「離婚……伝説?」

ラジオのパーソナリティーがその名前を紹介したとき、ぎょっとした。何かをやらかした人たちなのかなと思った。

しかし、そのあとに流れてきた曲は、とても心地よかった。それがなんという曲だったのかは思い出せない。懐かしくて、あたたかいメロディ。雨が降りそうで降らない空の日に聞きたくなるような。かと思えば、都会の街を見下ろしているような。

それ以来、音楽配信サービスで彼らの曲を何度も繰り返し聴いている。ちなみに離婚伝説というバンド名は、マーヴィン・ゲイが1978年に発表したアルバム『Here My Dear』の邦題から採られたらしい。何かをやらかした人ではなかった。

2026.09.21〜2026.09.27の日記

2026.09.21(月)
雨。風ががたがたと雨戸を揺らす。夫は仕事で少しさみしいシルバーウィーク。書き上げた小説は原稿用紙57枚分だった。改行を減らし、ニュアンスを変え、いらない部分を削り50枚まで減らしていく。さらに読み返しておかしなところがないかチェックする。午後、犬をシャンプーした。

2026.09.22(火)
貧血気味。薬を飲んでぼーっと大相撲中継を眺めていた。熱海富士が勝ったのを見てからごはんの支度。つけっぱなしのテレビでたまたま見た『熱談プレイバック』という番組がとても良かった。こういう番組をもっと夕方やってくれるといいのに。風呂上がりにブラッディマリーを飲んだ。

2026.09.23(水)
午前5時、犬の散歩。シーズーちゃんと交流。尻尾を振りながらお尻の匂いを嗅ぎ合う。うちの犬は優しそうなわんちゃんが好きだ。洗濯物を外に干したが、午後になって雨に降られる。慌てて濡れた洗濯物を取り込む。夜ご飯は長ネギの肉巻き、さつまいもとれんこんの甘酢炒めなど。

2026.09.24(木)
朝、夫と一緒に犬の散歩に行く。まあまあ歩いた。夜の犬の散歩は、近所のタロとジロに吠えられ、ビクッとして引き返した。某文学賞は二次選考に残れず。自分でも「ダメだな」となんとなくわかっていた。でも楽しもうと思う。結果に一喜一憂せずガツガツせず楽しむのが私らしい。

2026.09.25(金)
スーパーのカードにたくさんチャージして気持ちいい。十五夜。月は見ていないけれど、月見の俳句をたくさん詠めた。月見まんじゅう食べた。夫はノー残業デー。息子も塾がない日。久しぶりに家族三人揃って食事ができた。夜ごはんは回鍋肉。クックドゥーの合わせ調味料が一番好き。

2026.09.26(土)
弁当を作らなきゃいけないのに朝寝坊してしまう。慌てて調理して弁当箱に詰める。息子が塾に行ったあと『題名のない音楽会』を見る。ドラクエ音楽を聞いて今日も頑張ろうと思う。夜NHK『ザ・グレイテスト・ヒッツ』を見ながら翌日の弁当の下ごしらえ。斉藤和義めちゃくちゃいい!

2026.09.27(日)
朝、テレビをつけたら尾崎世界観。『NHK短歌』を見ながら弁当を作る。その後の『テレビ体操』を夫がやる。すぐに疲れる。『NHK俳句』を見て句会に行きたくなる。昼間、くまざわ書店に行き本を二冊買う。夜は落合書店に行き筆記用具を買う。本を読むペースは遅いのに本屋は面白い。

映画を見ると創作意欲が湧く(2026.09.14〜2026.09.20の日記)

午前五時、愛犬ちゃーの散歩に出かけた。この時間は車も少なく、静かで快適だ。ちゃーも嬉しそうに歩いている。

押しボタン式の歩行者用信号が赤なのに、横断歩道を渡るおじいさんがいた。そこへ車がやってきた。おじいさんのすぐ目の前を走る。

「危ないだろ! 何考えてんだ!」

おじいさんが怒鳴る。

「ふざけるな! 歩行者用信号、赤だろ!」

運転手も怒鳴り返す。

おじいさんは何か言い返そうとしたが、車はそのまま走り去ってしまった。ちゃーと私は、少し離れたところから一部始終を眺めていた。せっかく気持ちのいい朝なのに、嫌なものを見てしまったな。とりあえず、おじいさんが轢かれなくてよかったし、運転手も事故を起こさず済んでよかった。

信号はちゃんと守ろうね!

2026.09.14〜2026.09.20の日記

2026.09.14(月)
小説が書けなくなってしまった。あともう少しで物語が終わるのに、何を書いたらいいのかさっぱりわからなくて、全然意味のない言葉をタイプしている。布団に寝転がりながら、iPadで生協の注文をする。犬が邪魔してきて、画面を肉球でタッチする。不要なものを注文しそうになった。

2026.09.15(火)
息子は学校から帰ってくると一時間ほどゲームをやる。そのせいで相撲中継が見れない。ゲームを終えたあと期末テストの成績を持ってきた。悪くない。その後、塾。模試と志望校判定の結果をわざわざ写メで送ってきた。自信があるのだろう。夕食は豚バラ大根。今日も小説が書けない。

2026.09.16(水)
雨の中、金木犀の香り。なんだか今日は、ずっとふわふわしている。車酔いしているみたいな感じ。胃も重たい。どうも頭が回らず、息子と夫の夕食はレトルトカレーで済ませた。私の夕食は前日の残り物の人参マリネとかぼちゃの煮物。NHKクロ現「単身者の住まい危機」の特集を見た。

2026.09.17(木)
映画『温泉シャーク2』を観た。予告編で気になった映画は『GUN FISH』と『雲と大地のはざまで』。映画を見ると創作意欲が湧く。創作は自由でいいのだと思える。映画を楽しんだあとは、東武百貨店をうろうろ。お惣菜屋で、もちもち生麩、里芋の煮物を購入。その後、RojiとKMGWBOOKSで本を三冊購入。

2026.09.18(金)
午前5時。犬の散歩。とてもよく歩いた。明るくて人も車も少ないのが、うちの犬には良いみたい。金木犀香る。のんびり歩きながら「幸せだなあ」と思った。しかし夜の散歩は排泄だけして満足してしまった。「もう歩きません」と言わんばかりにお腹を見せて寝転ぶ。どーゆーこと!?

2026.09.19(土)
農産物直売所に行く。レジの長蛇の列に並んでいると「今、マッキー流れているよ」と夫が教えてくれた。耳を澄まして聞いてみると『どんなときも。』のサビだった。その瞬間、バフがかかったように周りの動きが速くなり、レジの列が流れ出した。直売所で買ったお弁当おいしかった。

2026.09.20(日)
短編小説を一作品完成させて、気持ちがいい。読みかえす。悪くないと思う。完成した小説は何日か手元であたためておくとダメになるっていうけれど、私は浮かれたままでいいや。夜、家族で寿司を食べにいく。蒸しウニがとても甘かった。揚げナスも中トロもイワシも美味しくて幸せ。

 

過信は禁物(2026.09.07〜2026.09.13の日記)

とある芸能人と一緒に写真を撮ってもらう機会があった。長い列に並びながら、なんて声をかけようか頭の中でぐるぐる考えていた。

「あの番組、見てました」

「子どもの頃、新喜劇の座員になるのが夢でした」

どれもしっくりこない。

いざ本人を目の前にすると、頭が真っ白になって、なにも言葉が出てこなかった。差し出されたやさしい手のひらを握りながら、なんとか「応援してます」とだけ伝えた。それで良かったと思っている。

2026.09.07〜2026.09.13の日記

2026.09.07(月)
大雨予報で息子の通う中学校は休校。どうなることかと構えていたが、そんなでもなかった。しかし停電していた地域もあったみたい。息子の昼食は自分のために買っておいた冷凍のお好み焼きと、作り置きのおかずで対応した。犬をシャンプーする。肛門腺、いっぱい出て気持ちいい。

2026.09.08(火)
うっかり長く昼寝してしまい、犬の散歩が15時過ぎになってしまった。ちゃーくんは最初ご機嫌だったが、小学校からぞろぞろ出てくるランドセルの集団を見て、ぴたりと止まる。そしてものすごい勢いで引き返す。児童たちに「かわいい」と言われ「ワフ」と不機嫌そうに小さく鳴いた。

2026.09.09(水)
夫は残業。息子は塾。秋の夜はさみしすぎて苦手だ。ホルモンバランス的にもなんだか落ち着かない。こんな夜に私をひとりにしないでほしい。広くて静かなリビングで、犬を強く抱きしめた。夜ご飯は蕎麦。モーニング娘。'26の映像をYouTubeで見た。18期がもうモーニング娘。だった。

2026.09.10(木)
トイレを磨けたし、掃除機もかけたし、エアロバイク50分漕げたし、犬の散歩にも2回行けた。とても良い一日。夕方、note創作大賞の中間選考発表。良い一日が一気にダメになりそうで怖くて見られなかった。でも見た。やっぱりダメだった。また書いてやる。キャロットラペ美味しい。

2026.09.11(金)
創作大賞の中間選考作品を少しだけ読む。「この人の文章の温度感がいいなあ」「読みやすいなあ」など自分なりの感想を抱きながら「私は誰とも交流できない場所で、自分の好きなように書いていきたいな」とも思う。たぶん悔しいだけだ。中間選考に残った方、おめでとうございます。

2026.09.12(土)
動物病院。ちゃーくんの体重、増えていた。できることはいろいろやったけど痩せない。去勢手術から太りだしたから、そういうものなのだと諦めた。痒み止めの薬を出してもらった。待合室は今日もかわいいわんちゃん、猫ちゃんがお利口さんに待っていた。午後、カインズで買い物。

2026.09.13(日)
「僕は産まれてから一度もインフルエンザに罹ったことがないんです。熱もほとんど出したことがありません」と、担当美容師さんが言った。私も同じだ。これからも罹りそうな気がしない。でも過信は禁物だから予防接種は毎年受ける。カラー待ちの間、スマホでぽちぽち小説を書いた。

 

【エッセイ】でも書いている

 エッセイの賞に応募した。今の自分の立ち位置を、確認したい気持ちがどこかにあった。

 高校生の頃からネット上で文章を書き、大学時代は随筆を書く授業を受けた。書くことはストレス発散になった。自分でも思いもよらない方向に話が飛躍したり、思いもよらない比喩表現が出てきたりする瞬間が、良し悪しは別として特に気持ち良かった。

 授業をきっかけに随筆講座にも通うようになった。毎週、いろんなお題で文章を書き、講評をいただいた。「中身は面白いのに、タイトルが平凡すぎて読む気になれない」「読点の位置が毎回おかしい」「難しい言葉の少ない親しみやすさがある」などと言われたのを覚えている。私自身もいろんな人の文章を読み「改行が多いと思います」「ちょっと個人的すぎやしませんか」「○○さんの、日常のなんでもないことを書いた文章が好きですね」などと、良い点も悪い点も指摘した。随筆講座は一年ほどで解散した。

 あの頃は、若いというだけで周りからかわいがられていたし、いろんな同人誌のコミュニティからお誘いもあった。自分でも調子に乗っている部分があった。

 振り返ってみると、自分が今どこに立っているのか、さっぱりわからない。節操なくいろんな文芸に手を出してきた。短歌は超結社歌会に参加し、俳句は結社に入り、毎日、小説も書いたりする。全部、大学の授業がきっかけだった。

 40代となった今も、どれもやめることができず、だらだらと続けている。ときどき若い才能に嫉妬したりもする。エッセイは、もう誰かに評価してもらうこともない。たまにブログにコメントがつくくらいだ。

 結局、エッセイの賞に応募してみても、自分の立ち位置なんてわからなかった。大賞を取った人の文章にやっぱり嫉妬している。

 でも、もう振り返らない。ただ好きなようにこれからも書き続けるのだと思う。

【お題】パレードが過ぎ去っていく

 今週のお題「祭り」

 学校が休校になるほどの、大きなお祭りが私の地元にはある。

 催し物のひとつにパレードがあった。音楽隊、オープンカーに乗った要人、ボーイスカウトやガールスカウト、仮装した市民らが市内を練り歩く。小さな街が、一年でいちばん人であふれる日だった。

 小学校六年生のとき、友達二人とお祭りを見にいった。

 パレードの一時間前に、最前列にビニールシートを敷き、三人で座って待った。ディズニーのように、かわいいキャラクターがやって来るようなものではない。それでも一年に一度のパレードは、小学生の私たちにとって、いつもの街が別の場所になるような特別なものだった。始まるまで、まだ時間があったので、順番に露店に食べ物を買いに行こうという話になった。じゃんけんをして、最初に友達二人が買いに行くことになった。私は一人でビニールシートに座り、待っている人がだんだん増えていくのを眺めていた。しばらくして友達二人が、焼きそばやじゃがバタを抱えて帰ってきた。

 次は私の番だった。

 立ち上がって振り返ると、私たちの後ろにはもう大勢の人がいた。その間を縫うように進み、露店の並ぶ通りへ出る。

 私が買ったのは、いちごのかき氷ひとつだけだった。それを手に友達のもとに戻ろうとした。 

 ……どこだっけ?

 人がたくさんいて、さっきまで自分が座っていた場所がわからない。見えるのはパレードを待つ人たちの背中ばかりだった。

 そのとき手に、冷たいものが伝った。

 見ると、いちごのかき氷が溶け始めていた。赤いシロップが指をつたい、履いていた白いズボンにぽたりと落ちた。そこだけが、うっすらとピンク色に染まった。私は慌てて、かき氷を口に運んだ。

 スマートフォンはもちろん、携帯電話もまだそれほど普及していなかった時代だ。一緒に来た友達の一人は、ポケベルを持っていた。だけど私はポケベルを持っていないし、そもそもポケベルは、今のスマホのように気軽に連絡を取り合えるものではなかった。

  人混みの中から、友達を見つけられる気がしない。私は、いちごのかき氷を食べながら途方にくれていた。

 やがてパレードがやってきた。音楽が聞こえる。けれど人の壁に遮られて姿はほとんど見えない。せっかく最前列に場所を取っていたのに、私はそのずっと後ろで音だけを聞いていた。ずいぶん、長い時間に感じた。

 パレードが通り過ぎると、座ったり立ったりして見物していた人たちが一斉に動きはじめた。人のかたまりがほどけていく。

 私は、その中に友達の姿を探した。

 いない。

 狭い街なのに、知り合いの顔すら見当たらない。いつも歩いている街なのに、知らない場所へ放り出されたようだった。

 空になったかき氷のカップをゴミ箱に捨てた。

 もう、帰ろう。

 歩いていれば、どこかで友達に会えるかもしれない。

 露店を見たり、本屋に入ったり、雑貨屋を見たりする。何度か来た道を引き返した。けれど友達はいなかった。仕方なく、バスターミナルへと向かった。

「ばんざーい、ばんざーい」

 どこからか声が聞こえてきた。特設会場の舞台で、お宝を鑑定するテレビ番組の収録をしていた。鑑定結果に喜んで、ばんざいしている人がいる。テレビでよく見る顔が、目の前で司会をしていた。いつもなら、もっと夢中になって見ていたかもしれない。でも、私は客席に友達がいるんじゃないかと思ってしばらく探していた。いなかった。

 またバスターミナルに向かって歩き出した。友達は私がいなくなって心配しているんじゃないだろうか。探し回っているんじゃないだろうか。

 バスターミナルでばったり会えたらいい。そんな期待もかなわなかった。

 一人でバスに乗り帰った。

 車窓の向こうが、だんだんと日常に戻っていく。楽しいはずのお祭りを一人で見ることになってしまった寂しさと、友達への申し訳なさが押し寄せてきた。

「どうしたの、そのズボン」

 家に帰ると母が言った。

「かき氷をこぼしちゃっただけだよ」

 一人で帰ってきたことは言えなかった。

 翌日、学校へ行くと、案の定、友達に言われた。

「どこに行ってたの? 心配したよ」。

「ごめんね。迷子になっちゃって」

「ううん、いいんだけどさ!」

 それだけだった。

 あれから30年以上経った。小さな街の大きな祭りには、高校生のときに行ったのが最後だった。あの頃、特設会場で見たお宝鑑定番組は、司会者は変わったけれどまだ放送している。